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昔日のネパール2

カトマンズ周辺では、街のあちこちで手仕事が見られました。商店の扉は開け放たれて中の様子がうかがえます。天気のいい日は軒先でのんびりと手を動かします。彫金だって、機織りだって、屋根があるだけのオープンエアー。子育ても商いも近所つきあいも、同時進行で営まれます

Photo アクセサリー工房の青年 80年代当時、みんなアイドルみたいな髪型でした。

Photo_4 こちらは木彫の工房。家具や建物の装飾になります。

Photo_6 家の軒先で糸を撚る家族。植木には洗濯物と布団が広げて干してあります。わかりにくいですが、後ろ姿の女性二人は長い三つ編みを垂らしていますね。これ、実はフェイクです。束ねた黒い毛糸の先に赤い毛糸の房を付けた、言ってみればエクステです。自分の髪に足して編み込んで、長い三つ編みに仕立てるのです。当時の流行なのかもしれませんが、雑貨屋さんで確かに売っていました。

Photo_7 水辺には染色された毛糸がずらりと干されていました

Photo_8 絨毯工場。一枚の絨毯を親子三人で仲良く織っていました。のんびりとした民謡(たぶん)を口ずさみながら、熟練の手さばきでした。

Photo_10 ミシン一台だけで営業する小さな仕立屋さんもたくさんありました。そのうちの一つで、衝撃的な裁断方法を目撃しました。コンクリートの床に直接生地を広げる。→仕立て上がりの服(この時はクルタ)を乗せる。→服のシルエットにあわせて生地を切る。つまり、型紙のかわりに仕立て上がりの服そのものを使うのです。当時デザイン学校で服飾を勉強中だった私はびっくり仰天でしたが、なんだか面白くもあり、無謀にもオーダー注文。出来上がったのがこのスーツです。ちゃんと出来ているから不思議です。あれは特殊な例だったのかしら?謎のままです。上着はクルタ、パンツは伝統的な細身のギャザーパンツです。

路地にはいろんな商いが混在しています。レストランの隣の路上ではお肉やさんが解体作業。その隣では昼間からおじさんたちが円陣組んででゲームに興じています。今はどうかわかりませんが、90年代中頃には、町中で牛を見かけることもよくありました。あれは放牧だったかしら?まさかね。

Photo_11 焼き鳥ならぬ焼きマトンやさん。もうもうたる煙です。煤で汚れるから黒いマスク。なかなか格好いいいでたちです。

Photo_18   賭博(?)でも、お金を賭けていたかどうかは不明です。ただのゲームなのかもしれません。でもみんなとっても真剣。  

Photo_20  郊外で移動テントのサーカスに遭遇しました。山羊の綱渡り。

Photo_22  豹も綱渡り。あとは一輪車とかピエロとか。MCは素っ気なくって、全体的にとっても地味です。テントではありますが、雨露はしのげません。でも見ているとなんだか幸せな気分になります。頑張らないところがいい?

Photo_24  この少女が看板スター。ぐるぐると回るので、サーキュラースカートがきれいに開きます。効果を計算しての演出か?

80年代中頃はまだ、テレビが普及していませんでした。サーカスのような移動型の興業は大切な娯楽だったのかもしれません。それからインド映画、観客は黙って見ていません。ヒーローが登場するとやんやの拍手で応援します。内容は大スペクタクル、アクションラブコメ、ミュージカル。言葉が全然わからなくても充分楽しめます。

長くなりました。だんだん服飾からはずれてきたので、ネパール編はこの辺で終わりにします。最後に神聖な場所をふたつご紹介。

Photo_25 これはラマ教の寺院、ストゥーパの屋根の上で撮影しました。無数に飾られた旗にはマントラが書かれています。陽にさらされて褪色した、淡い色合いのハーモニーがとてもきれいでした。

Photo_26 こちらはヒンズー教の祠です。小さいのが点在しています。人々は朝に夕にお供えをして祈ります。信仰もまた日々の暮らしの中にありました。

次回はまたシャツシリーズに戻ります。80年代と90年代の旅をご紹介したので、今度は60年代から70年代あたりにタイムトリップしてみようかと考え中です。

Coming soon.

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