寄り道

タイフーン

いやあ、昨日はすごかった!私は横浜にいました。夕方、用事を済ませて建物から出ると、昼過ぎとは全く違う光景が…急ぎ駅へ向かうも、すでに殆どの鉄道は麻痺状態でした。駅にあふれる人々、必死の説明を繰り返す駅員達、こ、これが噂に聞く帰宅難民かあ!と、普段ふた駅しか電車に乗らない私は、不謹慎ながら、ひとり盛り上がってしまいました。当初、一部運行されていた線を乗り継いで、何とか家路につけないものかと、あれこれ検討してみますが、いずれも途中で道が断たれます。そのうち、掲示板には、全線運休の文字が並び始めました。夫に電話で、「○○駅から歩こうかな」などど、勇ましい発言をして叱られ、いよいよ持久戦かあ!と覚悟を決めて…と、そこで、思い出しました。私の実家は横浜です。しかも、まだ動いている市営地下鉄沿線、あっけなく辿り着いて、一泊したのでした。夕べご苦労なさった方々、失礼しました!

それにしても、今年は台風の当たり年ですね。先週から続けていくつめでしょう?この、悪天候の中、先週末は江ノ島へ、ひとりで出かけてきました。江のフェス目当てですが、屋外のイベントなので、雲との追いかけっこです。お昼頃から夕暮れまで、めまぐるしく変化する空の色を、これほどじっくり観察したことはありません。ハワイアンのイベントもさることながら、この日の空と海はそのありようだけで、ひとつのページェントでした。たまにはひとりでぶらつくのもいいものです。友人といたら、おしゃべりに夢中で、きっと空なんか見上げて過ごさなかったはず。

Photo_2  お昼過ぎ、強い日射しと青い空。

Photo_3 不穏な雲、ドラマティックな夕暮れ。ちょっと絵になる光景でした。レンブラントみたいでしょ?

なんとか、雨をまぬがれて、涼しい風の中、無事、ショーは閉幕しました。鈴虫の羽音に秋を感じる宵でした。アロハPhoto_4

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天城越え

夏休み。伊豆のお山に言って参りました。ここ、町田から、小田急線で小田原へ。伊豆箱根方面はお手軽な観光地です。お財布にも優しいので、休みのたびに、箱根や熱海に出かけています。

今回は修善寺。宿だけ予約して、あとは行き当たりばったり、夫とふたり、気儘な小旅行です。小田原から熱海、東海道線で三島、伊豆箱根鉄道駿豆線で修善寺。在来線を乗り継いで、のんびり鉄道の旅です。車窓の景色を眺めたり、うとうとしたり、たまにはこんなゆっくりした移動もいいものです。

修善寺の街は、熱海に比べると、景勝保存に気を遣っているようで、風情ある木造の旅館などが残っています。観光客向けに、竹林の遊歩道や朱塗りの橋など、まあ、とってつけた感は否めませんが、お散歩しやすい綺麗な街です。昔ながらの射的場がいくつもあります。とても繁盛しているようには見えないのですが…これも、景勝保存の一部なのでしょうか?昭和な雰囲気が、若い人に受けているのかも知れません。どちらかと言うと地味な観光地なのに、多くのカップルを見かけました。空海の創建とされる修禅寺は、厳かで静謐な佇まいです。ここでも若いカップルを多く見かけました。でもね、シュウゼンジと書いてシュゼンジです。「ほら、これがシュウゼンジだよ。」って彼女に説明してた君、赤っ恥です。

山間の旅館、窓外はこんな景色です。修禅寺周辺以外は、お店も人も少なくて、とっても静かです。379                        

378 翌朝、バスに乗って一路、浄蓮の滝へ。バスターミナルは土産物屋が並びます。わさびなんとか、イノシシなんとか、買い物客で結構な賑わいです。そして、BGMはと言えば、石川さゆりのあれです。浄蓮の滝~かなりのボリュームでエンドレス、真っ昼間から体うらはら~山が萌える~って 観光地だからしょうがないですけどね。

それでも、滝は美しい。天然記念物のシダは不思議な形状を見せ、渓流の山葵田は清々しい緑です。もちろん、ここでも、山葵漬けのお店が繁盛していましたけど。381                                               

382_2 さて、次は?とりあえず天城峠ってバス停で降りてみました。でも、新道沿いの停留所に峠の景色はありません。ふと見ると峠はこちらの矢印。じゃあ、と昇ってみると、これがなかなかの難所でした。サンダル履きの私は3分で後悔しましたが、昇るよりも降りる方が恐そうなので、続行。

程なくして現れたのが、かの有名な天城隧道です。重要文化財だそうな。映画にも使われた隧道は、カメラを向けただけで一編のドラマが見えるような、素敵なロケーションです。一キロほどのトンネルはひんやりとして暗く、気持ちがいい。歩き進むうち、過去、ここで繰り広げられたであろう、幾多のドラマが見えるようで、なんだか不思議な気持ちになりました。写真を撮ると、この世のものでない何かが写るような気がして、ちょっと恐くなって止めました。

隧道を抜けて、旧道を下って行くと、新道への抜け道があります。山道を抜けてバス停発見。河津桜で有名な河津まで、バスで南下します。山間の急カーブを気持ちよく駆け抜けます。河津から熱海まで伊豆急行。海沿いをのんびりと北上です。トンネルを抜けると見渡す限りのオーシャンビュー、停車駅の温泉街も味のある風景です。熱海まで一時間ほど、景色が楽しくてあっという間です。

在来線とバスの旅。大回りして満喫です。交通費はだいぶかかりました。在来線もバスも都会より高めなのね。それでも、鉄子じゃないけど、鉄道の旅、はまりそうです。

来月は女ばかりで熱海です。静岡バンザイ

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あじさい多彩

今日は午後からピーカン。でも、湿度は高そうです。重ーくて熱ーい空気。降っても照ってもすっきりしない、我が儘な気分。こんなことではいかーん!なんとか涼しい気分になれないものか?ビール?いやいやそうじゃなくて。緑とか、流水とか、耳目を和ませる何か。ありました、ありました、とっても身近に。ご近所の遊歩道に咲く、とりどりの紫陽花です。雨上がり、水を滴らせて咲くその姿は、まさに静。それに、最近は種類も多彩です。毎日観察すると、色や形の変化も楽しめます。ほら、紫陽花散歩はいかが?Photo_2   Photo_4 Photo_6 Photo_8 Photo_9 Photo_10   

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子規庵

梅雨の晴れ間、いつもの問屋巡りに出かけました。雨のない6月の一日。空は高く目に青葉、本当に気持ちのいい日和です。こんな日はついつい寄り道してしまいます。いつも通る合羽橋のニイミ前、あの大きなコックさんをしみじみと眺めたり、鬼子母神にお参りしたり、横道にわざと入って迷ってみたり。今回はこの迷子、収穫ありでした。風情ある路地を求めてふらふらと迷い込んだのは、なんと、ラブホテル街なによー、根岸の里のわび住まいはいったい何処へ?ご休憩○○○円也の看板を物色して歩く若いカップル、なんだかこちらが恥ずかしくなりながら、通り抜けようとしたその時、子規庵こちらの矢印発見!えー!こんなところに?まさか凝ったネーミングのラブホじゃあるまいねえ、などど、失礼な疑いがよぎるも、好奇心に誘われて進んでみると…ありました。小さくて古い木造家屋。わたしが幼い頃はまだ見かけることが出来た、縁側のある平屋です。かつて、漱石や虚子、碧梧桐などが集ったという八丈間にしばし座って、庭を眺めました。病床六尺、縁側向こうに広がる小さな庭を、動けぬ子規も眺めて過ごしたのですね。いろいろな草木が所狭しと植えられて、少し鬱蒼とした感のある佇まい。もちろん、当時とは少し違うのでしょうが、少しでも目新しい物をと心を尽くした、妹、律の努力の跡が伝わってきます。Photo

建物の中は撮影禁止ですが、庭は許可されています。

Photo_2 ヘチマ棚もちゃんと仕立ててありました。

ぼんやりとした日射しの中で、清々しい情景に出会えた一日でした。

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昔日のネパール2

カトマンズ周辺では、街のあちこちで手仕事が見られました。商店の扉は開け放たれて中の様子がうかがえます。天気のいい日は軒先でのんびりと手を動かします。彫金だって、機織りだって、屋根があるだけのオープンエアー。子育ても商いも近所つきあいも、同時進行で営まれます

Photo アクセサリー工房の青年 80年代当時、みんなアイドルみたいな髪型でした。

Photo_4 こちらは木彫の工房。家具や建物の装飾になります。

Photo_6 家の軒先で糸を撚る家族。植木には洗濯物と布団が広げて干してあります。わかりにくいですが、後ろ姿の女性二人は長い三つ編みを垂らしていますね。これ、実はフェイクです。束ねた黒い毛糸の先に赤い毛糸の房を付けた、言ってみればエクステです。自分の髪に足して編み込んで、長い三つ編みに仕立てるのです。当時の流行なのかもしれませんが、雑貨屋さんで確かに売っていました。

Photo_7 水辺には染色された毛糸がずらりと干されていました

Photo_8 絨毯工場。一枚の絨毯を親子三人で仲良く織っていました。のんびりとした民謡(たぶん)を口ずさみながら、熟練の手さばきでした。

Photo_10 ミシン一台だけで営業する小さな仕立屋さんもたくさんありました。そのうちの一つで、衝撃的な裁断方法を目撃しました。コンクリートの床に直接生地を広げる。→仕立て上がりの服(この時はクルタ)を乗せる。→服のシルエットにあわせて生地を切る。つまり、型紙のかわりに仕立て上がりの服そのものを使うのです。当時デザイン学校で服飾を勉強中だった私はびっくり仰天でしたが、なんだか面白くもあり、無謀にもオーダー注文。出来上がったのがこのスーツです。ちゃんと出来ているから不思議です。あれは特殊な例だったのかしら?謎のままです。上着はクルタ、パンツは伝統的な細身のギャザーパンツです。

路地にはいろんな商いが混在しています。レストランの隣の路上ではお肉やさんが解体作業。その隣では昼間からおじさんたちが円陣組んででゲームに興じています。今はどうかわかりませんが、90年代中頃には、町中で牛を見かけることもよくありました。あれは放牧だったかしら?まさかね。

Photo_11 焼き鳥ならぬ焼きマトンやさん。もうもうたる煙です。煤で汚れるから黒いマスク。なかなか格好いいいでたちです。

Photo_18   賭博(?)でも、お金を賭けていたかどうかは不明です。ただのゲームなのかもしれません。でもみんなとっても真剣。  

Photo_20  郊外で移動テントのサーカスに遭遇しました。山羊の綱渡り。

Photo_22  豹も綱渡り。あとは一輪車とかピエロとか。MCは素っ気なくって、全体的にとっても地味です。テントではありますが、雨露はしのげません。でも見ているとなんだか幸せな気分になります。頑張らないところがいい?

Photo_24  この少女が看板スター。ぐるぐると回るので、サーキュラースカートがきれいに開きます。効果を計算しての演出か?

80年代中頃はまだ、テレビが普及していませんでした。サーカスのような移動型の興業は大切な娯楽だったのかもしれません。それからインド映画、観客は黙って見ていません。ヒーローが登場するとやんやの拍手で応援します。内容は大スペクタクル、アクションラブコメ、ミュージカル。言葉が全然わからなくても充分楽しめます。

長くなりました。だんだん服飾からはずれてきたので、ネパール編はこの辺で終わりにします。最後に神聖な場所をふたつご紹介。

Photo_25 これはラマ教の寺院、ストゥーパの屋根の上で撮影しました。無数に飾られた旗にはマントラが書かれています。陽にさらされて褪色した、淡い色合いのハーモニーがとてもきれいでした。

Photo_26 こちらはヒンズー教の祠です。小さいのが点在しています。人々は朝に夕にお供えをして祈ります。信仰もまた日々の暮らしの中にありました。

次回はまたシャツシリーズに戻ります。80年代と90年代の旅をご紹介したので、今度は60年代から70年代あたりにタイムトリップしてみようかと考え中です。

Coming soon.

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昔日のネパール1

若葉の季節。でも窓の外はあいにくの雨模様。肌寒いような数日ですが、樹木にとっては恵みの雨、たっぷりと潤った新緑が、照り映える明日が楽しみです。こんな日に古いアルバムをめくっていると、とめどない物思いに一日が暮れていきそうです。今回は服作りから少し離れて、アルバムの中に見つけた彼の国の風俗をちょっとご紹介します。

その国の名はネパール。80年代にカメラマンの叔母の取材旅行にくっついて、90年代には夫と。それぞれ2~3週間の滞在でしたが、写真を眺めていると、当時の匂いや空気感が、肌に鼻腔によみがえります。あれから大きな政変があって、首都は大きく様変わりしているかもしれません。“変わらぬままであって欲しい”なんて、旅行者の勝手なノスタルジーだけれど、そう思わせるゆっくりとした時間がそこには流れていました。

寄り道とはいえ、ここは衣装やさんのブログです。写真は人々のファッションや物作り中心のチョイスにしました。それでも長くなりそうなので、二回に分けてアップしますね。

Photo_25 フルムーンのお祭り?寺院の一角で歌っていたおじさんたち。被っているのはトピと呼ばれる帽子。高地なので、季節や時間帯によっては肌寒く、こんな風にセーターやベスト、シャツを重ね着しているおじさんが多い。カトマンズあたりでは、伝統的な民族衣装の人は少なく、はいているのはスラックス。若者はトピも被らず、東京とさほどかわりません。 これが伝統的なパンツの形。 ウエストがギャザーで、膝Photo_26から下が細くできています。

Photo_27 男性に比べると女性はサリーなどトラディッショナルな装いの人が多い印象でした。後ろ姿ですが、こんな風にタイトなブラウスとサリーの組み合わせが一般的です。けっこう年輩の人も太めの人も背中の見える、きっつきつのブラウス。 Photo_8 

Photo_32 ← チベット人のお婆さん。典型的な民族衣装。 Photo_10

若い女性と子供たち。たっぷりしたワンピースにギャザーパンツの組み合わせ。

子供たちはそこにあるものを着ているといった感じで、サイズが合ってなかったり、泥だるまだったり。でもこうして並ぶと不思議と決まってる。どうです?イケメンでしょ。Photo_15 

Photo_19 薪を運ぶ少女。荷物をこうして運ぶ人を多く見かけました。少女が着ているのはたぶん学校の制服。   

Photo_20 セーターを扱う衣料品店の店先。手編みなのにハンガーに吊して、思いっきり伸びても気にしない、実におおらかな人々です。わかるでしょうか?男の子はパンツをはいていません。よちよち歩きの子供は、このスタイルが多い。履かせても汚してしまうからだそうで、なんとも合理的です。トイレにひとりで行かれるまで、かわいいお尻をふりふり歩き回っています。

Photo_22 女性たちのお洒落は、鮮やかなサリーとビーズや金銀のアクセサリーです。金銀はピアスや腕輪に加工されて大抵の女性が身につけています。そして以外にポピュラーなのが、プラスティック製のビーズや腕輪です。色とりどりの華奢な腕輪を何本も嵌めるのが定番のスタイルです。簡単には手の通らない小さなサイズを、紐を使って無理矢理嵌めてしまいます。「はずせなくなるじゃない!」と言ったら、「そのうち割れて、取れるから大丈夫。」なるほど納得。価格も庶民が気軽に買い換えられるほどリーズナブルです。ビーズは幾重にも連ねて重めのネックレスなどに仕立てられます。カトマンズにはこうしたチープな装飾品を専門に商う横町がありました。その中の一件。ビーズと一緒に顔料も売られていました。顔料は額に付けたり、神様に捧げたりします。

Photo_23 路上アクセサリーやさん。その場でビーズを束ねてネックレスを作ってくれます。それにしてもお洒落なおじさんです。

さてさて、今回はこれまで。続きは来週アップしますね。

                               Photo_31 ところで、文中にあったカメラマンの叔母、渡辺眸の写真展が開催されています。詳細は下記の通りです。

渡辺眸 写真展  旅の扉  4月25日(土)~7月5日

フィリア美術館 山梨県北北杜市小淵沢上笹尾3476-76

http://www.philia-museum.jp

中央自動車道小淵沢ICより徒歩10分   JR中央線小淵沢駅より徒歩20分

眺めのよい美しい美術館とのこと。お近くに行かれた際は是非お立ち寄りください。

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